「連れて行ってもらった店が、すごかった。炭火でチキンを焼くんだ。俺は絶対に、鳥の胸肉以外は食べないって、
小さなころから、他は脂肪分だけで捨てる部分だと思い込んできたが、うますぎて、何を食ったか、正直分からない。
串に、小さな鶏肉や野菜、ポークが、3つくらい刺さっていて、どれも気絶するほどうまいんだ。
そして、驚くなよ、おれは、生まれて初めて・・・・ピーマン(こちらではペッパー)を食べたぞ!
肉との間に刺さっていて、あまりにうまかったから、一緒に食っちまったんだが、これがうまいのなんのって。
後で思い返してみたら、軟骨とか、皮とか、内臓も食べたと思うんだ。どれも、うまかった。
勢いで、刺身もトライしたが、同じ海で泳いでいる魚とは思えない、フレッシュで、サーモン以外もあるんだぜ!
散々飲んだ後に、のどが渇いたと思ったら、夜中でもぴかぴかな自動販売機があって、種類も豊富で、しかも、壊れていないんだ。
くじが付いているみたいなやつまであって、しゃべったりするんだぜ?それで、誰も破壊しないんだよな?盗もうとか、滅多にないんだよな?
ああああああ
これなら、俺、日本に住みたい!!!!日本語教えてくれ!」
前に太田総理(だったと思う)で伊集院光が義家氏と「不良による学級崩壊にどう対処すべきか」という問題でやりあったとき*1、義家氏の「不良に対して教師をマンツーマンに近い形で付けてフォローする」という主張に対して、伊集院は
「そうやって不良にリソースがどんどん割かれていることを目の当たりにして、勉強も運動も特にできるわけでもない、ただ真面目にやってるだけが取り得のような生徒はその状況をどう解釈したら良いんだ!?」
というような事を強く主張していたんだけど、これを理解できた人が視聴者の何割居ただろうか。
勉強も運動もできるわけではないから正の方向に注目を浴びるでもなく、でも真面目にやってて問題や害が無いからという理由で負の方向の注目も浴びるでもないため、できる人にだけならまだしも不良にまで本来平等に振り分けられるはずのリソースを奪われるという状況の主張。
極端な話、いじめられっ子がいじめっ子にケアのリソースを無条件で奪われ続ける、というような話。ゴネ得のもっと酷いもの。
対症療法的に「この人が今問題だからこの人にリソースをかけましょう」という事しか考えず、この「真面目だけがとりえで生きている人の徒労感・損した感」みたいなものをどこかでケアすることをスルーし続けると、「真面目な奴ほど馬鹿を見る」という傾向が強まっていくのではないかと思うが。
結局、人間は「怒っている人」に対しては共感できないのです。たとえ、その人がどれほど正論を述べたとしても、です。この本にもありますが、怒らない人間になれと言っているのではありません。怒るときは、誰も共感してくれないことをよく心して怒れということです。
【世界一のアダルトショップ】秋葉原にある大人のデパート「m’s」が事実上の世界一。1階がDVD、2階がオナホール、3階がバイブ、4階がローション、5階がランジェリー、6階がコスプレ。女性客が多い。外国人の観光バスの旅行ルートにまで入っている。複雑な動きをする日本のバイブは好評。
「現代の日本には魔法少女というジャンルがあり、魔法を持った少女たちの物語が大量生産されている。そして極めてたくさんの作品で「魔法がとける」という表現が登場する。…女の子は魔法がとけて大人になるのだ」
ユーザーがFacebookを利用する目的は、閲覧を主とした「友人知人の近況を知る」が75.4%と最も多く、積極的にコメントや写真を投稿して「日々の出来事を友人・知人と共有する」の51.1%を上回った。
「日々の出来事を友人・知人と共有する」と回答したユーザーがコメントや写真を投稿する際に心がけている点で最も高かったのは「自分のことや自分の写真だけを投稿している」の51.3%であった。
次いで「友人・知人も写った写真を投稿する際は必ず本人に断っている」の24.1%、「友人・知人も写った写真は投稿しない」の22.8%となり、他人の情報を投稿する際に、必ずしも承諾を得ていない状況であったという。
回答者全員に、友人・知人が勝手に自分の情報や写真をFacebookで公開していた場合にどのように感じるかを聞いたところ、「非常に不快」46.9%、「不快」23.5%、「やや不快」20%となっている。全体の9割が不快と感じており、「全く気にしない」は9.4%にとどまった。
「携帯電話の写真をSNSやブログで公開した経験がある」と回答した30.5%の携帯ユーザーのうち、35.2%のユーザーは、GPS機能を持った携帯電話で写真を撮ると、写真に位置情報が付加される機能について知らなかったという。
「リーンスタートアップ」著者エリック・リース氏が来日講演。“スタートアップとはマネジメントのことだ”
「まず、実用最小限の製品(MVP:Minimum Viable Product)を最小限の努力で作り上げる。スタートアップは実験であるとすれば、その実験をできるだけ速く行って結果を出すことができればよいのです。そうすればもっと簡単に失敗から学ぶことができます」 http://t.co/B2OTuo8w
臨床哲学を標榜する鷲田清一先生が、ご著書「聴くことの力」の中で、こんな有名な事例をだされています(鷲田 1999)。
場面は、末期医療の研究者による質問紙調査の質問項目でした。
あるガン患者が、
わたしは、もうだめなのではないでしょうか?
とあなたに語りかけてきます。
あなたなら、何と答えるだろうでしょうか。
1.「そんなこといわないで、もっと頑張りなさいよ」と励ます
2.「そんなこと心配しないでいいんですよ」と答える
3.「どうしてそんな気持ちになるのと聞き返す」
4.「これだけ痛みがあるとそんな気にもなるよね」と同情を示す
5.「もうだめなんだ・・・と、そんな気がするんですね」とかえす
さて、上記の質問に対する、あなたの答えはどれでしょうか。
調査の結果、精神科医をのぞく医者、および医学生は1を選ぶひとが多かったそうです。
看護師の場合は3。精神科医が選んだのは5だlったそうです。
皆さんは、いかがでしょうか?
僕ならば、たぶん「2」を選んでしまうような気がする。
言うまでもなく、5は、患者の語りかけに対して何も「答えていません」。1のように「励ます」わけではなく、2のように「示唆」を与えるわけでもありません。また3のように「理由」を問うわけでもないですし、4のように「同情」を示すのでもないのです。ただ単に「受けとめる」だけなのです。
受け止める、かぁ・・・。
なかなかできないなぁ。
僕は、たぶん「示唆」を与えてしまうな。